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復興への道のりはまだまだ遠く、、、



2011年08月16日 22:50

 石巻から帰って来ると結局のところまた虚脱感が漂う。どうしようかと思ったのだが、また書きなぐってみる事にした。5カ月経った被災地の事、実際に見て、聞いて、触れて、嗅いだ事を。


南浜町20110812_02
時間だけが過ぎ、緑が生い茂る被災地の風景(門脇小前から撮影)


 はっきりと仕分けがなされているように感じた被災地の風景。生活エリアは一見すると活気が戻り、物資が不足する事はない。仮設住宅だってほぼ出来上がり、まだ不自由する事はあるもののほとんど元の生活に戻りつつあるように思える。しかしながら津波被害の激しい地域はガレキの撤去は終わったものの、地盤沈下の影響でとても人が住めるような場所ではなくなっていた。写真はちょうど日和山の下、津波の後の火災で燃えてしまった街なのだが、ここはまだいい方で、ミニビーチクルーザーで見た風景はまだ生活感があるのだが、廃墟と化している事に恐怖すら覚えた。満潮時には潮が溢れ、大きな水たまりを作ってしまう。この地域は今後どうなるんだろう?もう一度埋め立てて、防潮堤を築き、そして主要産業である漁港を整備し直して、人が戻り、商店が再開し、街が元に戻って行く、、、それともこの地域はもう人が住めない地域としてこのまま放置するんだろうか?どちらにしても今の対応を見ていると復興のスピードが遅くて人々は離れていってしまうんじゃないだろうか。。。



女川町では津波浸水区域の新規建設は認められてない。

 牡鹿半島にある嫁さんの生家は土台すら残っていない。大津波の引き波ですべてが持って行かれてしまった。少しでも想い出の品があるのではと探してみたが、重機が入った後であり、流石に何か見つけられるものは無かった。ただ土を掘ると、茶碗とかCDとか、生活感漂うものが出てきたりもするんだけどね。この地域はどうなるんだろうか、もともと漁師だった祖父は他界しているものの、街はそのまま漁港な訳で、小さい漁港が復興する気配はまったく感じられない。皮肉な事に海はキレイで、壊れた岸壁から海を覗きこむと子魚の群れがいっぱい見えた。


野の浜20110812_16
三陸の海はやはり綺麗だ(野の浜漁港より)



 ハエは確かに多いのだが、夏なんでそんなに気になるほどではなくなってきているそうだ。それに匂いは風向きによっては漂うものの、自分としてはGWに来た時よりは辛くない。GWの時はマスクもせずに作業したからか、一か月くらい咳が止まらなかったが、今回は粉塵などが漂っている様子は無かった。

 

帰り道、もう一度日和山に登ってみた。

 そこで何故か系列会社の先輩に出くわす。彼の実家も石巻、実家は大規模損壊で回りに何も無いなかでポツンと一軒だけ建っている。ただし外壁は無く、大黒柱が折れているので、取り壊すしか無いそうだ。震災後何度か会って話をしたのだが、まさかここで出くわすとは思わなかった。会った瞬間思わずガッチリ握手をしながら当時の事で話した。妙な連帯感なのだが絆とでも言うべきか、遠方にいながらも故郷を思う気持ちに変わりはない。

 ちょうど5カ月、そしてお盆という事で、TVも特番を組んで当時の事を放送していた。弟はそれを見て涙が出そうになったと恥ずかしそうに言っていた。怖い体験をした事だけなく、私自身もちょっとした事で目が潤む。様々な事を乗り越えなければいけない被災地の方がたには申し訳ないが、なぜか弱気な自分がいるのも確かなのである。だからと言ってこの事実は忘れてはいけないし、風化は絶対にさせない。こんな大災害を忘れる訳は無いと思いがちだが、現地と明らかに関東にいるとマスコミの姿勢が滞っているような気がしてならない。温度差をどうしても感じざるを得なく事実をきちんと伝えていないような気がする。復興への道のりはまだまだ遠く、被災地へはまだまだ寄りそう事が必要なのだ。


日和山20110814_002南浜町
日和山から見た風景(南浜町方面)


 「わすれない」ために敢えて自分が思うまま書きなぐってみた。blogの主旨とは違うのは承知の上で、とにかく自分が感じたままに書いてみた。所詮は被災地から300kmも離れた場所に住んでいる人間がとやかく言う事ではないのかも知れないが、郷土を思う気持ちはいつもいっしょである事は分かって欲しい。いつの日か、復興がなされるその日まで忘れないつもりであり、少しでも自分が出来る事を探すつもりでもある。



矢本運動公園ひまわり
塩がいで草木が枯れた土地に向日葵だけはしっかりと咲き誇る


 
 次にこの地を訪れるのはいつになるだろうか。きっと来年のお盆になりそうな気もするが、その時にはきっと復興への気配を感じる事が出来るだろう。その時こそきっとまた自転車を持って来たいもんである。




 
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コメント

  1. moumou | URL | -

    Re: 復興への道のりはまだまだ遠く、、、

    昔女川出身の中村雅俊が故郷の自慢話をしてましたがあの美しさをまた取り戻してほしいものですね。

  2. | |

    管理人のみ閲覧できます

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  3. まるRR | URL | -

    >>moumouさん

    女川町、、、沿岸部は壊滅的でまったく手付かずの状態でした。5F建ての鉄筋コンクリートの基礎が折れてビルが横たわったりしています。本当に元に戻るなら戻して欲しいですが、相当な時間がかかりそうですね。

  4. カレーパンマン | URL | 89zBIK8s

    Re: 復興への道のりはまだまだ遠く、、、

    5ヶ月が経ってもう忘れそうになっていた自分がちょっと情けなくなりました

  5. まるRR | URL | -

    >>カレーパンマンさん

    風化してゆくのは致し方ないのかなぁと。
    忘れてはいないんだけど、自分たちには自分たちの生活もあったりして、それに現地の人たちが頑張ららなければ本当の意味での復興にはならないし。なかなか難しいのかぁとも思ってます。ただ今のスピードでは街から人が離れていってしまいそうですね。それが一番怖いです。

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