スポンサーサイト



--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


以下のRankingSiteに参加中です。よかったらclickして下さいね。

にほんブログ村 自転車ブログへ

このblogの見所は?? blogram投票ボタン





そして石巻へ [ エピローグ ]



2011年05月10日 00:57

 ゴールデンウィークは完全に東京と被災地の往復で終わってしまった感じ。こうなると頭の中はずーっと桜咲く春先みたいな感じで季節感が薄れる。帰りの東北道では福島辺りはまだまだサクラが咲き誇っていた。


IMG_2474.jpg
久々のジテツウ、なぜか江戸川CRにポピー畑が出来ていた



 3.11の無情な震災以降、自分自身の哲学がどうしてもぶれてしまっているような気がして、無理言って災害医療支援に参加しながら実際にこの目で被災地の現状を見てきた。行った町は北から宮古市、山田町、波板町、吉里吉里、大槌町、釜石市、そして石巻市、東松島氏、松島町、仙台市、、、どこも海沿いの町が甚大な津波被害にあった町。その中でどの町でも感じた事は悲しみにくれる間もなく、皆耐えて弱音を吐かずにひたすら復興を目指している姿がとても印象的だった。

 復興までの道のりは本当に険しく、そして長いものになる事だろう。ゴールデンウィークはこれも一つの区切りであり、この連休後から支援隊の撤退が随時始まってゆく。私が参加した山田町の災害医療支援も一般診療から夜間・休日のみの体制に縮小したようだ。支援は基本的に無償のものであり、善意であるはずの行動が今後は地域産業を圧迫する結果にもつながりかねない。そーっとソフトランディングさせるように、地元の方々へ引き継いでいく事が重要だ。支援が必要な部分とそうでない部分の仕分けが今後なされる事となる。


これでいったんは私の被災地支援は終了となる訳だが。

 何が出来たかと言うと相当微妙だし、本当に役に立ったかは分からない。自己満足だったのかも知れないし、またそれが社会貢献という形で繋がればそれはそれで幸せでもある。ただ気がかりなのは風化する事であり、忘れ去る事はないと思うが、見守り続けていかなければならないと考えられる。あの綺麗だった三陸の海が戻るまで、気持ちを一つにして、応援し続けたいと思う。


IMG_0627.jpg
たぶんこの野蒜海岸付近、松林の中を走る奥松島自転車道はもう無いだろう


 余談だが、山田町の最終日に役場で働く自分と同じくらいの方と話す機会を得た。もともと考古学を学んでいて、関東に住んだ事もある彼は色々あって故郷に戻ってきて町役場で働いている。山田町には海と山だけでこれと言った産業は無く、経済的にはここで食っていくには厳しいので皆山に畑を作って自給自足のような生活をしなければならないそうだ。で、山間の高い土地を興味本位で地質調査を自分でしてみたら、何とも言えない砂の地層が出てくる。高さで言うと海から30~40メートルくらいのところ。で、彼なりに出した結論は今回の津波は200年から1000年というスパンで見てみると"レギュラーサイズ"だったんではないかと言う事。今回の津波はリアス式海岸が出来る過程で言えば特別大きなものではないらしい。そしてこの地は何度も何度も津波の被害に合う度に復興を遂げてきたんだと彼は力強く言っていた。復興までは終わりなき旅。元に戻す事はきっと出来ないだろうけど、その都度復興を遂げてきたDNAが日本人には刻まれている。


P7180106_20110510005220.jpg
もう一度この海で泳ぎたい。夏浜海岸ももう無いのかな?



がんばろう東北。がんばろう日本。



関連記事


以下のRankingSiteに参加中です。よかったらclickして下さいね。

にほんブログ村 自転車ブログへ

このblogの見所は?? blogram投票ボタン









コメント

  1. moumou | URL | -

    Re: そして石巻へ [ エピローグ ]

    やはり実態を直接みてきたmaruさんの場合、受けた衝撃が全然違うのでしょうね。そう思います。

  2. カレーパンマン | URL | 89zBIK8s

    Re: そして石巻へ [ エピローグ ]

    フィルタのかかったTV報道と違って
    maruさんのおかげで生の被災地の状況が
    ほんの少しだけど判った気がします。
    まだまだ長い道のり・・・
    がんばろう日本!

  3. taco | URL | RVcFyNpA

    Re: そして石巻へ [ エピローグ ]

    まわりの日常がもどってきて、あの日の出来事がウソのように思える時があります。ニュースなどで報道されていてもそれに慣れて来てしまっている自分がここにあります。

    心の風化。

    今一度ボクにとってあの日はなんだったのかあらためてかんがえてみます。

    そして何が出来るか。

    maruさん。まずはお疲れさまでした。今回maruさんのレポ読ませていただいて違った見方ができました。それはボクにとっても貴重な経験でした。

    まずは献血でもいってみようかな!

  4. kanoka | URL | -

    Re: そして石巻へ [ エピローグ ]

    こんばんは。
    明日で2カ月ですが、1000年スパンで考えると・・・・・
    本当に長い2カ月でしたが、これからも戦いは続くのですね。

  5. maruRR | URL | -

    >>moumouさん

     実態を見てきましたが、現地の人によれば"津波を見ないと"ダメだそうです。やはり自分らがいくら気持ちを共有しようとも現地で被災された方にはなれないんだと。だからこそ知る必要があると思うんですよね。風化しないように継続的に現地の様子をまた伝えて行きたいです。

  6. maruRR | URL | -

    >>カレーパンマンさん

     長い道のり、これからも辛い事があると思います。時間が経てばたつほど、ストレスは増大していく訳ですしね。私自身もほんの少しです。ただこの少しでいいんだと思います。実際に復興されるのは被災地なんですから自らの力で復興しなければいけない訳ですしね。

    がんばろう日本。

  7. maruRR | URL | -

    >>kanokaさん

    おはようございます。
    まだまだ復興の兆しは見えてきません。明治三陸地震の時と被害状況は酷知しているようですね。これから本当に考えなきゃいけない事は津波被害を想定した街作りだと思います。もしかしたらその辺りで二の脚を踏んでいるような気もします。高台に住むのか、浜に住むのか。これもまた難しい問題ですね。

  8. maruRR | URL | -

    >>tacoさん

    心の風化、、、考えさせられるフレーズです。

     私もあの日の事が記憶の中からだんだん薄れていくのを感じます。日常に戻りつつある社会を見ていると、それはそれでいいのかも知れませんが、現実にはまだまだ困っている方々がいると。我々が出来る事は、忙しくても心を一つにしてゆく事なのかも知れません。

     私もtacoさんからのコメントで励まされました。支援活動は別の形で続けていく事になりますが、何か出来る事を少しづつ私もやって行こうかと思います。

  9. Re: そして石巻へ [ エピローグ ]

    酔っ払いなので、ひとことだけ。

    良い後姿ですね!
    やれることをやった若者の後姿だと思いました。

  10. maruRR | URL | -

    >>Muirwoodsさん

    酔っていてもその言葉は嬉しいです。

     ですが、この写真は震災前の写真なんですね。去年奥松島自転車道を走りに行った時の写真。牡鹿半島のとある小さな浜辺です。地元の人しかこないような、小さい小さいビーチです。ここも衛星写真で見る限りはめちゃくちゃになってました。流石にこの時期海に入る人はいないですよ~。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://lifeisfreestyle2.blog79.fc2.com/tb.php/458-40c52a98
この記事へのトラックバック








上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。